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工房オンセの出来るまで

工房オンセの出来るまで

名古屋市で生まれ育った私が、何故、大分県の山奥で竹工芸の工房を営んでいるのか?

1955年生まれ、21歳まで名古屋で育ちました。学校を卒業後、初めて社会に出たのは、外食産業のレストランチェーンに就職しました。今から、35年も前から「有機農産物」にこだわったレストランで、ここで多くのことを学びました。

「無農薬・減農薬の農産物をレストランでお客様に提供していこう、安全な食材を使ったメミューをお客様に」おかげさまで、多くの先進的な農業をされている方たちと出会うことが出来ました。ひたむきに良い作物を、安全な食材を作ろうと頑張っている農家の方たちと交流するうちに、私自身も「もっと、土に近い生き方をしてみたい!」と思うようになったのです。

この一言が!

25歳の時、今、工房がある土地とめぐり合いました。

29歳でレストランを退職し、半年ほど、長野県の篤農家の元で土壌菌を使った特殊な農業の研修をした後、大分県に戻り、「いざ、農業を始めなくては為らない!」と云う時に、いろんな方に聞いてみたのです、そのアドバイスの中に 

「みんな君の様に、夢を持って農業を始めようと思う人がたくさん来るが、現実は決して甘いものでは無い!」

「農業には最初の設備に相当なお金も掛かるし、台風一つで、すべてが台無しになる事も……」

「もし、何かあった時、最低限の現金収入なる副業があると良いと思うよ。」

この一言が、私の人生を大きく変えることに為ったのです。

竹細工との出会い

では副業を何にするのか?  木工なのか?陶芸なのか?

たまたま、大分県で唯一の伝統工芸である、竹工芸の職業訓練校の情報が目につき、別府市にある「竹の職業訓練校」に入校することになったのです。

それまで、会社の一員として、全体の中の一部分でしかなかったのが、竹を割る所から最後の工程まですべてを一人の職人の手で作られていく作業に魅せられていきました。幸いにも、卒業制作で作った作品が全国職業訓練展で労働大臣賞を受賞し、竹の世界に進むことになったのです。この受賞は大いに励みになりました。

竹の職業訓練校を卒業後、大分県の産業工芸試験所の「中堅技術者養成コース」に進学、もう一段上の職人としての技術をま学ぶ事になりました。

竹工房オンセ 設立

1993年、竹工房オンセを設立、この工房名の「オンセ」とは、スペイン語の数字の「11」です。私の誕生日が11月11日で、小学校・中学校と出席番号が11番になることが多かったのです。節目、節目に11番が関わってくることが多く、自然にこの「11」を意識する様になったのです工房を設立する前に、中南米を放浪する時期があり、スペイン語の響きがとても心地よく感じられ、スペイン語の11で「竹工房オンセ」と名付けたのです。

一から十まで自分の責任でする職人の世界に魅力を感じて竹工芸を始めてから二十余年、現在、独立を目指す若者たちが集まり、国産手作りにこだわった、意欲的な職人集団として注目を集めています。

個々の職人の個性が反映され、作品と共に自分たちの人生観や生き様も届けばと考えています。全国有名デパートやギャラリーなどでの、個展活動をしています。